宇多田ヒカル I LOVE YOU

宇多田ヒカル I LOVE YOU に関する記事です。
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

[RSS] [Admin] [NewEntry]



出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

1993年~2000年
米国居住時代の1993年、U3(父:宇多田照實と母:藤圭子とのファミリーユニット)名義で『star』を発表。また同じく米国で1997年にCubic U(宇多田家の3乗の意味)としてソロシングル『Close To You』とアルバム『Precious』を発表。なお、日本では1996年に「藤圭子 with cubic U」としてシングル『冷たい月~泣かないで~』を発表、1998年5月28日に「Cubic U」としてNHK-BS2の番組「真夜中の王国」にテレビ初出演をしている。
1998年12月、宇多田ヒカルとしてシングル『Automatic / time will tell』でデビュー。プロモーションはラジオ出演のみだったが、印象的なR&Bのサウンドやプロモーションビデオ、また宇多田が弱冠15歳で作詞作曲を手がけ、アメリカでデビューしている帰国子女である事や、かつての演歌歌手・藤圭子の娘だという事など、多くの話題性で一気にその存在を強く印象づけた。その結果、デビュー曲でいきなりのミリオンセールスを記録。
1999年3月、1stアルバム『First Love』を発売。日本で860万枚以上(オリコンの売り上げデータは765万枚)、国外を含めると990万枚以上を出荷し、国内アルバム売り上げ史上歴代1位となる超メガヒットとなる(現在もこの記録は破られていない)この年に帰国し、活動拠点を日本に移す。それまでラジオ以外メディア露出はほとんどなかったが、6月18日の「ミュージックステーション(26.5%)」を皮切りに、「HEY!HEY!HEY!(28.5%)」「SMAP×SMAP(33.5%)」などのテレビ番組にも出演。いずれも番組最高視聴率を叩き出した。
2000年、調布市野水のインターナショナルスクール「アメリカンスクール・イン・ジャパン」を12年生で卒業し、米国の名門コロンビア大学に入学。その後、約1年で退学。同大のジェラルド・カーチス教授の発言により退学していたことが露呈するまでの間、日本国内では2002年から休学中であるという風に思われていた。「大学には私がおばあちゃんになったら戻るかもね」との発言をしている(アメリカの大学制度は、一度入学して在籍すると、復学が日本と違い容易。スティーブン・スピルバーグは、中途退学後に復学して卒業した。デーブ・スペクターによると、アメリカでは社会人の復学が多いとのことである。)。
2000年7月、初めての全国ツアー「BOHEMIAN SUMMER~宇多田ヒカル Circuit Live 2000~」を開催。7月1日の国立代々木競技場 第一体育館を皮切りに、全国10ヶ所で開催。徳島公演の際には腰痛でダウンするという緊急事態もあったが、見事乗り越え、名古屋レインボーホールでの最終公演の後、千葉マリンスタジアムで3日間にわたって追加公演を行った。いずれの公演のチケットもプラチナチケットと呼ばれ、電話予約開始から瞬時に完売、ネットオークションなどで高値で広く出回った。千葉マリンスタジアム3日目の公演では、この日のためにJam and Lewis が初来日し、演奏に参加した。“最初で最後の全国ツアー”などとうたわれたが、2006年夏に2度目のツアーを開催した。
スポンサーサイト

[RSS] [Admin] [NewEntry]

コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://myoutube.blog80.fc2.com/tb.php/75-e1b6fa04
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。